
岡田 靖史
オカダ ヤスシ
大阪オフィス
2009年5月の転職コラム
2009年5月29日
十数年来の友人から「相談あり」の連絡を受けて食事をした。
いつもの雰囲気と違うことは感じつつ、こちらは一方的に近況を話し続け、一息ついたところで、「で、話しってなに?」と聞いてみた。
転職することに決めたらしい。
ほぉ・・・長らく大手イベント会社で催事コンパニオンを取りまとめるディレクターでキャリアを磨いてきた人間だけに、少々意外ではあったが、僕の仕事柄特に珍しい話でもないので、「あ、そう。で、次は何やるの?」と再び聞いた。
「関西に戻って農業・・・。」
「ふーん、農業ね・・・の、農業っ!?」
何でも関西に戻り、この秋に結婚する彼氏と共に、兵庫県の農村で自営農家を目指すのだという。今流行りの就農という選択肢を取る人間が身近に存在していたことが新鮮だったと同時に、それに対する答えを全く用意していなかった僕は少々混乱し、「そう、、、トマトとか作るの?」と、焦点の定まらない反応でお茶を濁した。
僕も将来リタイアした後は、ゆかりのある高知の四万十川辺りでスローな余生を送りたいとは考えているが、それはあくまで遠い将来。
今、都会の喧騒を離れ、良いも悪いも慣れ親しんだビジネスフィールドから転じることを決断することは全くイメージできない。
そういう意味では、この女性はもの凄い勇気のある人だなぁ、と天晴れな気持ちになった。
最近は、学卒1-2年の若者達も就農を目指す傾向があるという。
少々住み難い社会からの脱出なのか、農耕民族としてのDNAがそうさせるのか、はたまた別の理由なのか・・・僕にはよく分からない。
ただ、こうした傾向や日々の求職者と向き合う中で感じることは、仕事に求める価値基準そのものに変化が生じてきているのではないか?ということ。
簡単に言えば、「仕事に対するやり甲斐」から「人生を過ごすうえでの生き甲斐」としての仕事とは何か、を職業選択の基準として捉えている人達が増えてきた印象を持つ。
僕が20代後半で初めて転職した頃、転職雑誌「B-ing」が主要媒体として存在し、キャッチコピーは「やり甲斐」や「働き甲斐」。
あれから20年が経過し、働く側も採用する側も仕事を今後の人生にどう位置づけていくのか?を問う、そんな時代になったような気がする。